地球の遊び方~海外風俗情報 タイの風俗から南米の置屋まで

読者の海外風俗体験記

第545回  初めてのバリ島顛末 ― (ジャカルタとの比較的考察)by ヴィシュヌ


午後2時過ぎ、デンパサール空港に到着、入国審査の長蛇の列を怖れ足早にイミグレーションに向かうと、この時間の到着は1便だけでガラガラ。まず入国からジャカルタとは偉い違いである。あまりの呆気なさに、バッゲージを拾うのを忘れて税関を出そうになる。ポーターや客引きもうるさくなく、ノンビリした印象。

ホテルチェックイン後、早速南部の寺院ウルワトゥに出かける。途中の村には立派な家が多く、一瞬寺院かと思えるお屋敷も。走っている車も綺麗だし、ジャカルタより豊かなようである。断崖の上に建つウルワトゥ寺院を眺め、道の途中に見えた小さなビーチに寄る。数十メートルの崖に設けられた階段を降りると小さな浜で、漁船をしまう小屋があるだけ。

浜の端に近所の住民が開いている茶店があり、煮出したバリコーヒーを飲みながら海に目をやると、サーファーが数人出ているが波は小さい。しかし、ここが後にものの本でチェックすると、世界の十指に入るサーフスポット、パダンパダンビーチであるそうな。曰く「プロ・上級者向け、リーフが浅く、テクニックの無い者には危険!」とされている。

マ、そんなことはともかく、何か面白いものならば街に行ってみなければと、近年高級ホテルが立ち並ぶヌサドゥアを散策することにした。だが、この地域、高級ホテル群は奥まった海岸沿いにプライヴェートビーチを持っており、小奇麗ではあるが何も無い道路が樹木の間を通っているだけ。

かろうじて賑わいのあるのは、観光客用のショッピングプラザのみ。手前の古い集落のあたりは面白そうだったなと思いながらも、観光土産とレストランが並んだプラザを海の方向に散策する。日本、台湾、シンガポールに白人少々といった構成の買い物客が徘徊する健全ムード、もう少しで海岸というあたりで、やはりそれらしい兄ちゃんが声をかけて来た。

「女いる、ホテル何処?一晩US$***。」

「アカン、アカン、今回は連れがいるんや。それに、ジャカルタやったらRp200,000で上等な方やで、Rp60,000でもある。それより、ジャカルタのディスコみたなとこ無いのか?」

「バリは厳しいから、場所は一箇所サヌールだけ。」内容は置屋のようである。

彼が提案してきたのは、「サヌールまで往復の車込みで、Rp380,000。」

「よっしゃ、ともかく往復の車代Rp100,000出すから、そこ見に行こ。綺麗な娘がいいひんかったら帰ってくる。上がる時は、もう一回、店で交渉する。」

で、話を纏めると、兄ちゃんはショッピングプラザの駐車場にいるタクシーに指示する。

タクシー兄ちゃんと、「小太りがいいか」「細身がいいか」など話ながら、約30分幹線道路を走り、サヌール地区で道が大きく左にカーヴした後の、斜めに入る脇道へ。道路沿いの家に住居番号が大きめに出ていたりして、それらしい雰囲気。車は、やや小奇麗な安ホテルといった感じの敷地に入る。

中程にオープンバーがあり、女の娘が10人ばかり。ザッと見渡すと、ジャカルタより年齢層はやや高めながら、なかなかの娘も2,3人。髪は長めで、ちょっとだけインド顔の性格がサッパリしてそうな細身の姐さんに当たりをつけ、店の兄ちゃんと値段交渉するが、総額Rp380,000を譲らない。ウーン、初回でもあるし、部屋も綺麗そうだから、まあエエかと。(場所と感じは判ったから次は自分で来る。)

で、安ホテルの一室、バンコクなら休憩Bt300はとれるこざっぱりした造り、勿論エアコンがあって、風呂場は広め。姐さん細身ながら、服を脱ぐと胸は大きめ、一般にインドネシアは美乳が多いことを再確認。と、姐さんの新型エリクソン携帯に電話。手短に話して電話を切ると、「明日は島の北部の実家に帰って、子どもの相手。」見かけどおりにストレートな性格で、英語もGOOD。

シャワーからベッドに移ると、ツボを心得たサーヴィス、お口はお上手です。で、ゴム装着するとカッコよく跨り挿入、「オッ、子どもいる割にはなかなかやん。」と思わず誉めると、「帝王切開、でも胸がちょっと垂れてきた。」と的確なコメントが帰ってくる。しかし、23,4と見える彼女の名誉のために言っておくが、今でも普通程度にいい形で、若いときは超美乳であったと想像できる。

小気味良い流れで、今度はこっちが上になろうとすると、背中を向けてバックの姿勢。長めの髪の一部が背中にかかり、小ぶりの締まったヒップの動きはエロい。半分ぐらい抜いてもひっかかりがあってイイ感じ。更に、フィニッシュの正上位に移ろうとすると、「ちょっと待って」と再び短いフェラで硬度の確認、実に行き届いた大人の気遣いである。最後は息の合った正上位で気持ち良く。そんなわけで、久々に大満足のセッションであった。

ジャカルタのディスコでは、16,7の美乳があるもののコミュニケーションはインドネシア語だけで、バリの姐さんの深みというか、ホスピタリティーというか、ある種の洗練に脱帽。

実入りの話をすると、「客がいくら払っても、私はその3分の1」だそうで、「こないだ、デンパサールに家を建てる土地買った」そうである。ウーン、ジャカルタより豊かなのか、それとも特にこのお姐さんがシッカリものなのか?

P.S. 海オヤジさんの情報ひと月遅かった。ちょっと払い過ぎで、怒られそう。

香港は競馬の前に速攻

2001年の旧正月も7日ばかり過ぎた香港。乗り換えの都合で久々に一泊することになった。おりしも水曜日、当然、世界で最も街中に有る競馬場ハッピーヴァレーのナイトレースに臨むことにする。(ここはパスポートのスタンプを見て旅行者であることを確認すると、クラブメンバー席HK$50に入れるのが良い。)

が、第一レースのスタートは7時半。ホテルにチェックイン後、銅鑼湾をブラついても未だ5時過ぎ、中途半端な時間である。思いついたのは、昔数回行った旺角(モンコック)の黄色街(広東語でピンク街)お手軽一発屋。通勤ラッシュの地下鉄に乗って金鐘(ガムチョン)で乗り換えながら15分、この機動性が香港の醍醐味である。

旺角の駅を西側に2筋、最近は再開発で老朽ビルが取り壊されているが、馴染みの店の一画は未だ昔のまま。黄色の看板に紅字で、北妹(中国北方の娘、色白・長身・美形)、大陸妹(中国の娘で北方と謳うには気がひけるクラス)、星妹(シンガポール)、馬来妹(中系マレーシア)、泰妹(タイ)、寶妹(フィリピン)、鬼妹(白人)とかの妖しい文字が並ぶあたり。確かここだったなと古びたビルの2階へ。顔馴染の親爺はいなかったが、ファッションヘルス並みのシャワーとベッドの個室に通され、「本地妹(香港人)」をリクエスト。

ここが香港の合理性というか、出身地で値段が差別化されているのである。香港人と白人は高め、シンガポールと北方が少し安く、中系マレーシアと大陸がその次、以下タイ・フィリピンとなる。需要と供給、質、出身地の物価などから納得させられるものがある。

待つことしばし、店の二ィチャンが連れて現れたのは歳の頃なら18,9、ゲームセンターで遊ぶ金欲しさの高校中退娘とユー感じ。このタイプはハッキリ分かれる。結構イイ奴とフテクサレてる奴。あんまりスレてそうでもないし(結構好みのタイプだった)、第一レースのスタート時間もあるから、即OK。 そそくさとシャワーして、慣れないフェラもそこそこにゴム装着。

やっぱしこのタイプの香港娘は英語が不得意、こっちも「難しい広東語は判らん」ままに、それでもイイ奴の読みが当たって楽しい時間。小細工なしに一気呵成に放出。「これから競馬行くねん」、「へえ、お兄さん馬乗ってんの?」、「なんでやねん、賭けるだけや。」と会話を交わして、早々に身支度。帰りがけの受付で「幾銭也(なんぼや)?」と一応訊いたら、「三百五十紋(HK$350)。」、おっ安いやないか、値段は上がってなかった。

再び地下鉄に飛び乗り香港島に、湾仔から二階建てトラムで砲馬地へ。ライトに浮かび上がる緑の草、昔馴染みのモセ(フランスの騎手:玄人好み:92年頃は香港人モデルと結婚して香港競馬の騎手の間では黒幕的存在)が、今シーズンは簡柄遅(香港の調教師:ユニークなキャラで香港の有名人:或るTV番組での発言、「なんで練馬師(競馬の調教師)やってるか?そら馬競争さすからや、牛走らすレースがあったら、牛調教したる。」)の厩舎の専属騎手をやっていて、モセ・簡柄遅の馬を中心に狙って、ちょっと勝利。

最終レースは、1650mを強引にハナを奪って逃げ切りを図り、ゴール板で鼻差捕まっての2着。これが1着なら大勝利で競馬場を出られるところであったとはいえ、玄人好みの騎乗を堪能できるもので満足。

それにしても、本日の旺角の香港小姐、賭け事運ラッキーガールでした。