地球の遊び方~海外風俗情報 タイの風俗から南米の置屋まで

読者の海外風俗体験記

第40回  TOMOさんのバンコク旅行記 その4

 今日も12時過ぎに起きた。食事に行くついでに農民銀行でTCを両替した。

12月24日

1B約3.2円だった。この10日間あまりレートの変動はなかった。ちなみに農民銀行では手数料10B、印紙税3Bである。

そこから歩いてタニヤへ行って食事をしてから、サリカフェでアイスコーヒーを頼んだ。ここのアイスコーヒーは日本と同じように砂糖無しのアイスコーヒーにシロップを入れるようになっていた。某HPではタイのアイスコーヒーは甘すぎるとあったが、ここのは違った。することもないのでパンティッププラザに行く事にした。タニヤのシーロム側からタクシーでパンティッププラザまで渋滞のおかげで1時間以上かかった。

 パンティッププラザはいつ来てもおもしろいところである。日本のHなCDを見ていると、急に警察が来たらしく店員があわただしく片付け始めた。HCDは御法度のようである。チャオプラ2では洋物の無修正のビデオを流していたが、乳首も御法度の国でこの建前と現実の違いはなんなのであろう。

  HCDはしばらく買えないみたいなのでWINDOWS98の日本語版を100Bで買って出た。他の店でも売っておりそのジャケットを見ると全部同じキーコードが印刷されている。このキーコードでユーザー登録などできないであろうし、自動アップグレードもできないのであろう。まあ動かなくても320円位のものだし動けば儲け物というものであろう。

 日本にいるときは、会社員だから一応規則正しい生活を送っているが、こうも毎日だらだらと生活するのも少し疲れてきた。特に昼間は暑いしやることもこれといって無い。ゴーゴーバーもどれも似たり寄ったりで飽きてきたし、Hも毎日すると疲れる。やはり私は典型的な日本人なのであろう。

何か予定がないと落ち着かないのである。そこへいくとタイ人は皆だらだらと生活しているように見える。確かに農民銀行などではまじめに働いている者もいるのだが、私の目にはそう見えない者の方が多いのである。ただ、これで日本に帰ると多分すぐにタイでの生活の方が良く思えてしまうのかもしれない。Hにも寛大だし、タイでは金さえあればやりたい放題できるみたいだし、日本人が何度もタイへ行きたくなる理由がわかる気もする。

 パンティッププラザを出てからプラザへ行く。ここには6時頃着いたが客が一人もおらず娘も30人位である。タイガーとかいう男がやって来て、2時間2000Bだと言う。スーパースターはチップ込みで2200Bだそうだ。いつもこんなに娘が少ないのかと聞くと、8時頃にはもっと増えると言う。コーラを飲みながら娘を見て英語ができると言う八重歯のかわいいスーパースターの娘を選んだ。少し彼女と話をすると今までの娘とは違って英語がかなりできる。

聞くと高校で英語を勉強したそうである。これなら会話もできるので今回は彼女一人だけにすることにした。部屋に入ってから少し話をして、彼女はチェンマイ出身の23歳であることがわかった。ここに来る前はチェンマイのデパートに勤めていたそうだが倒産したのでバンコクに4ヶ月前に来たのだそうである。

しかしタイの風俗の娘は皆デパートに勤めていたと判で押したような答えである。彼女はスーパースターというだけあって、マットでボディマッサージもしてくれた。バンコクでボディマッサージをしてもらったのは初めてである。



その上髪の毛まで洗ってくれた。風呂から出ると、後はお決まりのマッサージをしてもらった。彼女に写真はOKかと聞くと、彼女は服を着た写真はOKだったが、ヌード写真は撮らせてくれなかった。彼女は全身リップから生フェラをしてくれて女性上位で挿入した。

やはりコンドームをしているせいかあまりよくない。攻守入れ替わって私が彼女の乳首からクリトリスを舌で愛撫すると、彼女はまじに感じ始めた。しきりに「入れて」というがじらして愛撫を続けていると、足をガクガク震わせ始めた。もう少しでいくだろうと思った瞬間、彼女はがまんできなくなったのか、急に起き上がると半分固いだけの私のものを挿入して動き始めた。彼女は自分の気持ち良いように動いていた。しかし、私はどうもいけず、最後は彼女の生フェラと手でいった。

 一戦の後、彼女は私に抱きついたままはなれようとしない。抱き合ったまま色々話を聞いた。彼女が言うには、インド人とイタリア人はけちであること、韓国人は自分勝手でジェントルマンでないこと、日本のやくざはタイではジェントルマンだということ、良い客のときはまじにいってしまうこと、今日もいきそうになった時自分だけいくのはいやなので自分から挿入したこと、ファランより日本人の方がやさしくて好きだと言うこと、金魚鉢からは客が入ってきたときだけ外が明るくなるので顔が見え、それでインド人やファランの場合は顔を伏せてしまうこと、外が暗いと中からは客の顔が見えないことなどを知った。

 時間になったので、彼女にはいろいろ頑張ってくれたこともあって500Bチップをあげて下へ戻ったが、金魚鉢の娘は変わらなかった。タイガーとかいう男が、私の後に客が一人も来なくてこの商売も儲からないと言っていた。やはり不景気の影響はかなりのものらしい。6階にあるMPも同じ会社なのだそうで、今度来たときは良い娘を紹介するなどと調子の良いことを言う。出口までこの男が送ってくれたが帰り際に「ごめんなさい。チップをください。」と言う。この男には娘を選ぶ前に色々聞いたし低姿勢なので100Bやることにした。彼は喜んでいた。

 タクシーでパッポンまで行って、みやげにフェイクもののロレックスとプラダの時計を二つで1000Bで買った。どこの製品かと聞くと台湾製なのだそうである。妹からプラダの財布を頼まれていたので見ていると800Bだと言う。どこで作られたのかと聞くと、プラダを指さしてミラノだと言う。「そんなことを聞いているのではない。タイ製か中国製かどこなんだ。」と聞くと、それには答えず値段が700Bになった。「フェイク物だろう。」とあたりまえのことを言って立ち去ろうとすると、値段が一挙に400Bになった。400Bなら最初の言い値の半額だし買う事にした。

 みやげも買ったのでプッシーガロアへ行ってみた。店に入るなり4人の娘に取り囲まれた。さらに一人は勝手に後ろからマッサージなど始めて100Bよこせなどと言う。図々しい娘には50Bやってお引き取り願った。私の右隣には妊娠中の23歳のウエイトレスが座り、左隣には25歳の踊り子が座った。二人は色々マッサージなどしてコーラをくれと言う。ここのコーラは100Bであった。シンハービールも100Bである。妊娠中の娘は日本人的な顔立ちなのだが、かなり腹が出ている。

聞くと付き合っていた男は子供ができるなり逃げてしまって行方不明なのだそうである。この娘はしきりにホテルへ行こうと言う。妊婦に中出しというのも興味はあるが、プラザで出してしまったし、写真も不可だというので100Bチップをやってお引き取り願った。自分が病気になるのはまだしも、妻もいるのでやはり生はできない。ここのショーもあそこから紙テープを出したりあそこで瓶の栓を抜いたりと変わりばえしないので店を出て今日は一人で寝る事にした。

 ホテルに歩いて帰る途中、マッサージはいらないかという変な日本語と英語を話す奴が話しかけてきた。歩きながら英語で「もうプラザへ行った。」と言うと、「安い安い」などと言いながら後を付いて来る。彼は日本で2年間働いていたなどとも言っていた。普段は無視するのだが、ホテルまでもう3分位だし人通りもあるのでからかい半分に「どこで働いていたのか」と聞くと「新宿、大阪、名古屋、京都のレストラン」などと知っている地名を挙げる。

2年間も働いていた割には日本語がへたくそでほとんど英語で話していたが、誘いにのらないとみるや20Bチップをくれなどととぼけたことを言う。「お前が勝手についてきて話につき合ってやったのはこっちじゃないか。なぜチップをやる必要がある。」と言うと彼はあきらめて帰っていった。

 ホテルに着いて、「明日の深夜出発の飛行機で帰るのだが9時までホテルにいるとエクストラを払わなければならないのか。」と聞くと、「6時までなら無料で良い。」と言われた。ただ9時までだといくら必要かは自分は知らないと言う。明日経理の人が来ないとわからないらしい。日本では考えられない受け答えだがこれもタイらしい。ちなみにホテルの部屋の案内書には12時チェックアウトと書いてある。



12月25日

 明け方4時半頃、コージーの娘から電話がかかってきた。いつ帰るのかと言うから今日の夜出発だと答えると、コージーには来ないのかと言う。あいまいな返事をすると、彼女はコージーで働いているから来てくれと言う。3時頃なら行かれるかもしれないとあいまいな返事をすると、一転して娘は働かないからホテルまで来ると言う。

どうも彼女は働きたいときにコージーへ行って、そうでないときは行かないようである。来たいという娘を断る理由も無いから、12時にホテルで待ちあわせることにしてまた寝た。

 今日は10時半頃起きて荷作 りを始めた。海賊版のCDとフェイク物の時計と財布が成田の税関で見つかると良くない。今まで開けられた事はないが、今度もそうであるという保証はない。時計は使用済下着にくるみ、財布はポケットに入れて、CDは機内持ち込みをして何食わぬ顔をして出ようと決める。

 11時過ぎにコーヒーでも飲もうと下のカフェへ行く。フロントに誰かが訪ねてきたらカフェにいると伝えて欲しいと言っておいたのだが、12時を過ぎても誰もこない。部屋へ戻って1時半まで待っていたがコージーの娘とは会えなかった。待っていてもしょうがないので昨日買いそびれたHCDを買いにパンティッププラザへ行った。今日は警察がいないらしく堂々と売っている。お目当てのCD3枚の内1枚は売りきれだという。しょうがないから2枚買った。

 3時半頃ホテルに戻ってホテルの中のレストランで食事をした。某HPではシーザーのアレクサンダーとかいう部屋で乱交パーティーの計画があるそうである。6時から始まるらしいが当初の予定ではもう日本にいるはずだったので参加申し込みをしていない。いきなり行くのも何だからおとなしく帰ることにする。  4時半頃コージーの娘から電話がかかってきた。何やら「マイ サバーイ」で病院に行ってきたらしい。彼女は来なかったことを謝っていた。私は「マイ ペン ライ」と答え、彼女には早く良くなるようにということと良い新年を過ごすようにと言って電話を切った。

 6時にホテルをチェックアウトした。9日間でしめて25,280Bだった。3.3円で計算すると83,424円である。クレジットカードの決済日まで円が急落しないことを祈る。  バンコク最後の飯を食べにタニヤへ行った。れんが亭に入ると日本人の中年がタニヤあたりの娘と焼肉をつついている。その横ではこれまた日本人の中年の集団がこれまたそれぞれタニヤあたりの娘と焼肉を食べている。クリスマスだというのに彼らは単身赴任なのだろうか。

全員が独身というわけでもなかろうに、日本の中年パワー恐るべしである。駐在員の有閑マダムたちも働くでもなくテニスやエステなどで暇潰しをしていると聞く。私は彼ら位の年齢になっても、とてもあそこまではできない。タイで企業戦士として働くにはあれ位のパワーがなければ勤まらないのかもしれない。もう焼肉にも飽きたし、カルビクッパとカクテキだけ頼んで軽い晩飯にした。どうせ帰りの飛行機の中で、得体の知れないインド料理を食べさせられるだろうから。

 8時半頃ホテルに戻った。もうチェックアウトしてしまったので部屋には入れない。ホテルタクシーの予約は9時なのでしばらくホテルのロビーで待ってから空港へ向かう。空港へは思いのほか早く9時半頃に着いてしまった。チェックインカウンターはまだ開いていない。聞くと10時頃なのだそうだ。しょうがないので空港の中のカフェでコーヒーを飲みながら時間をつぶすことにした。10時になったのでチェックインした。免税店をいろいろ覗いてみたが、これといって買いたい物もなかったが、ランブータンの干したものが珍しいので買うことにした。その他土産にレトルトのトムヤムクンとグリーンカレーを買った。

 搭乗時間になったので搭乗口へ行く。とりあえず私はスーツにネクタイ姿だが、他の人はほとんどがバックパッカーのようである。これだと奴らに巻き込まれて成田の税関でチェックを受けるかもしれない。バスにかなり揺られて飛行機に乗ると、機内はガラガラである。私は喫煙席を希望したのであるが、エアインディアはかなり喫煙席が多いのか翼の上の窓側の席になった。

12時40分発のはずが機体整備に時間がかかるということでなかなか離陸しない。その内スチュワーデスがジュースを配り始め、禁煙のサインも消してしまってたばこを吸っても良いという。インドもかなりいい加減のようである。しかし機体整備に時間がかかると言いながら、どうやら私の目の前のドアが閉まらなくなったらしい。トンカチでドアをたたき始めた。

一応ジャンボ機なんだからトンカチで叩いて直るものでもなかろうにと思うのであるが、スチュワーデスはいつもの事といったような感じで平然としている。その内機長らしき人も来て何やら首を振っている。これは機体整備ではなくて故障というものだろう。結局2時間半待たされた挙げ句、整備士が来て何やらトンカチでドアを叩いて強引にドアを閉めてしまった。成田に着くまでドアが開かないことを祈るばかりである。ドアが閉まると飛行機は即座に動き始めそのまま離陸してしまった。

 離陸すると窓のブラインドを降ろせとスチュワーデスが言う。機内を暗くしてしまった。機内放送によると、機内食は朝食一回だけとのことである。こんなことならもう少し食べておけば良かったと後悔する。スチュワーデスはミネラルウオーターを持って水は要らないかと回っている。今までいくつかの航空会社に乗ったが、水を要らないかと言われたのは初めてである。どうも見ていると水以外のサービスはしないらしい。

しょうがないので水だけ飲んで寝た。  9時頃になると機内食を運んできた。そしてまた水は要らないかと言ってミネラルウオーターの瓶を持って回っている。私の前の客がトマトジュースを出せなどと言う。スチュワーデスはしょうがないといった顔つきでトマトジュースを持ってきた。サービスは最低である。

 10時半頃成田に着いた。バックパッカーたちと一緒になると税関検査に付き合わされるのでさっさと前へ行ってイミグレを通過した。時間もいい時間なので他の便の客がいるかと思ったら税関には職員が手ぐすね引いて待っているだけである。しょうがないので変に職員を選ぶと怪しまれると思い、一番近いブースへ行った。

そこの職員は若い兄ちゃんであった。隣のブースでは若い姉ちゃんがバックパッカーのバックを開けるように言っている。若い兄ちゃんは、「お仕事ですか?」と言うので一言「はい。」とだけ答えた。兄ちゃんは免税品の袋を指さして、「何を買ったのですか。」というからトムヤムクンやらランブータンの砂糖漬けを見せると、「結構です。お気を付けて。」と言って通してくれた。やっぱり成田は背広とネクタイに限る。こうして難なくご禁制の品々を持って入ることができた。

あとがき

 こうして私のタイ旅行が終わった。今回の訪タイの目的も結構果たせたし、まあ良い旅だったと思う。  私がタイで感じたのは、男も女も売春に関して極めて寛容だということである。私がホテルで9時までいると超過料金が必要かと尋ねたときでも、6時までなら女を連れ込んでも無料であるなどとホテルのフロントが言う位である。西欧などでも公娼制度があって売春も職業と認知されているが、ここまであけっぴろげではない。
 今回の旅行は、違う女の子をとっかえひっかえしていた感がある。他のHPにあるような恋人気分を味わえなかった。最ものめり込んでしまうと家庭破壊の原因となるからこれが良かったのかもしれない。ただ評判の良いレインボー2で自称20歳の娘に最初の夜に引っかかったのが悔やまれる。もっとかわいい娘がいるのに声すら掛けられなくなってしまったからである。 少し気になるのはサイアムホテルの処女かもしれない娘である。