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読者の海外風俗体験記

第263回  初のマニラ出張 by マイ

マイです。今日は99年5月に行った 初のマニラ出張での素晴らしい思い出を 投稿します。

99年5月中旬。。。初めての日本以外への アジア出張に心を躍らせ、マニラの空港に 到着した私は、予定通りMandarinホテルへ ハイヤーを走らせた。信じられない交通量と 排気ガスに閉口しながらも、初日の仕事を 終えて夕食を日本食レストランで取った。

初日に東京からの出張者3名と 現地駐在員1名に連れられて行ったのは AXION(元はVIXENだったという事は 後々知りました)という名の店でした。

入店後直ぐに現地のO氏はカウンターに どっかり席を取り、皆も同じく カウンターに座りました。O氏は お馴染みさんのようで、すぐさま チーママがやってきて女の子を 選び始めましたが、O氏は “彼らに勝手に選ばせる”というと しばらく奥へとひっこんで行きました。

次から次へと現われる可愛い女の子達。 15分か20分そこらステージで踊ると 又また入れ替わるというシステムの ようでした。私は既にほろ酔い気分 だったのですが、音楽はガンガン流れてるし 女の子の数が多かったのとで なかなか選べませんでした。ま、 目移りしてたと言った方が正しいかも しれません。

すると、突然おかしな事がおき始めたのです。 ステージに座っている女の子の一人一人が カウンターに座って未だ女の子を選んでいない 私の目の前でダンスを交互に始め、 選ばれたい子は“私を選んで”とばかりに 自分を指さしたりしてます。恥ずかし がりやなのか、数人の子はステージの 奥の方で隠れて踊ってます。無論皆 ビキニをつけて踊っているのですが、 かなりセクシーな身体の動きをしたり して、私もステージを見入ってました。

しかし、いいと思った子は一緒に来た O氏やM氏、F君やK君に次々と取られてしまい なかなか選べずにいると、突然チーママが 右肩をトントンと叩きました。 そこに立っていたのは、19歳の田中裕子似の セクシーかつ愛らしい155センチ位の女の子でした。 最初に言われた源氏名は、もう忘れて しまいましたが、本名はジョイでした。

初日のペイバー代はO氏のおごりという事で 皆喜んでテイクアウトしました。 ホテルに着くと、ゲストサービスの デスクに座っているホテルの女性が 微笑むのを気にしながらそのまま 真っ直ぐ部屋へ向かいました。

とりあえず、シャワーの前に コンドーさんの確認をすると 案の定、持っていないと言うでは ありませんか。。。なんでも 今日は初日とか。。。信じていいものなのか 判りませんでしたが、どうしようと 思案しているところへF君の部屋から 電話が入り、“コンドー君持ってないって いうんですよ、この子。MYさん持って ますぅ?”と聞いて来たので “すまん。持ってないし、僕の子も 持ってないから、4人で買いに行くか?” と言ってロビーで待ち合わせて 近くのコンビニまで徒歩で コンドー君を買いに行きました。

途中ずっと手を握り合い、まるで 恋人のような気分を味わいながら コンビニに着くと、F君の彼女は 一箱2つ入りのやつを一つだけ、 ジョイは5箱持ってレジを向かい ました。F君の不服そうな顔を横目に 見ながらも、一応無事にホテル到着。 またもや、ロビーのエレベーター脇の デスクに座っているホテルの女性に 微笑みを浮かべられながら、無事に 部屋へ到着。さっそくシャワーに 入ろうと誘うと、先に入ると言うので 先に入らせました。その間に貴重品を 部屋の金庫へ全ていれ、彼女が出てくる のを待っていると、ようやく出てきたので 私もシャワーに入りました。

終わって 出てくると、彼女はテレビをボーっと 見てましたが、私が出てきたとたんに “キャッ”っと恥ずかしそうにしながら シーツに潜り込みました。私もシーツに 潜ると、彼女の小さいながらも セクシーな身体に舌を這わせながら 全身を舐め始めました。すると彼女は 最初じっと我慢しているように 小刻みに身体を震わせていたのですが、 私の舌が彼女の柔らかい谷間を なぞるように動き始めると、“あっ” っという声を少し漏らし始め、 谷間は直ぐヌルヌルになりました。

すると突然おきあがり、私の 息子を口に咥え、私を押し倒すように して、後ろの穴まできれいに 舐めてくれました。 そうこうしてるうちに 冗談半分のつもりで先だけ ちょこっと入れるふりを しても、まったく抵抗がないのに 気づきましたが、万が一の事を 考えてコンドー君をしっかりを つけて2回戦頑張りましたが、 長旅の疲れからその後直ぐに 寝てしまいました。

朝になり気がつくと彼女はとなりで スヤスヤと寝てました。 会議の時間が近づいてきていたので、 急いで彼女を起こし、支度させ お金を渡そうとすると、“要らない。 そのかわり、今晩ホテルに来たい” といいます。そして電話番号と 本名を書いた紙を私に渡しました。

良く理解出来なかったのですが、 これが、滞在期間中の4泊毎晩 続いたのです。毎朝ホテルから タクシーに乗って会議のあるホテル迄 行ったのですが、彼女も一緒に 乗り込み、一応500ペソだけ タクシー代として渡して 毎朝別れてました。そして夜遅く 食事と飲み会からほてるに帰ると 彼女からのメッセージが必ず 入っていたので、私も滞在中 は彼女としか楽しみませんでした。

そして、最後の夜。。。 明日は朝早くマニラを発つと 告げると空港まで送って行くと いうので、OKするとすごく 喜んでました。お互いいつもの 通りシャワーに入り、ベッドイン すると、いつもと彼女の様子が 違います。。。何やら、彼女の お姉さんが日本のやOざ屋さんと 付き合っていて、来月その人の知り合いの 45歳位の同じ業界の人間と 付き合わねばならないというのです。

小さな瞳には涙を溜め、 “MYにお願いがあるの”と言うのです。 可愛いジョイを抱き寄せ愛撫を続け、 お互いをむさぼり逢うように キスを続けると、彼女は “MYに迷惑かけないから、MYの 子供が欲しい。。。”というのです。 びっくりした顔で彼女の半べその 顔を覗き込むと“今日はコンドー君 ナシで愛して。。。そして私の 中でいって欲しい”というのです。

涙を溜めたその瞳に屈してしまった 私は、その晩コンドー君なしで 3回彼女の中へ力一杯放出して あげました。その晩、お互い 本当の恋人同士のように 身体の隅々までむさぼり逢い ました。気がつくと彼女は 僕の腕枕で涙が乾ききっていないのに 眠っていました。

既に毎晩同じ女の子と一緒に 過ごしている事は東京組も 勿論知っていたので、翌朝 空港へ向かうタクシーに 彼女が同伴してもまったく 気にならず、さすがに空港の 中までは入ってこれなかった のですが、最後にタクシーの 中からバイバイと手を振る 彼女の可愛らしい瞳には やはり涙が溜まっていたような 気がします。

あれから8ヶ月。。。アメリカへ 戻ってきてから2ヶ月ほどは お互いに電話で連絡を取り合って いましたが、その後どちらからとも なく、連絡しなくなってしまいました。

“あなたの子供が欲しい。。。絶対に 迷惑かけないから。。。”と懇願する あの瞳は今でも脳裏に焼き付いてます。 彼女のお姉さんの実家の電話番号や 住所は未だ持ってます。そして 彼女のアパートの電話番号や友達の 携帯の番号も。。。またいつマニラに 行けるのかも判らないのに。。。

マニラの熱病にかかってしまった私は アメリカに戻ってきてからも数ヶ月は 彼女の事ばかり考えてました。

ジョイ。。。あの日多分お店に出たのは 初めてだったのでしょう。。。滞在期間中 本当の恋人のような気分でした。 セックスの相性もお互い最高に良かったです。 あの時中出しを3回もした結果は 全く判りません。もし出来ていたら 電話してくれるように、会社の 番号も携帯の番号も渡してあるのに。。。 やはりあれはマニラで見た蜃気楼なのでしょうか。。。

機会があれば、本当に又マニラに 行って確認してみたいです。

私のマニラ初出張はこうして幕を 閉じたのです。。。