地球の遊び方~海外風俗情報 タイの風俗から南米の置屋まで

読者の海外風俗体験記

第680回  あの笑顔が忘れられない(その1) by tin


11月某日。チャイナエアラインで日本を出発。途中台北を経由。3時半にニノイアキノ・マニラ国際空港に到着した。いつものようにトランスフォーメーションデスクでタクシーとホテルの予約をした。いつも泊まるエルミタのホリデイインはレセプションで直接予約したほうが安いことが後に判明したが、このときは4300ペソ払っていざホテルへ。

チェックインしパスポートと航空チケットをセーフティーボックスへ預け、ビジネスセンターでリコンファームをして部屋へ向かった。夕暮れ近いころ、歩いてマニラ湾の夕日を見にいった。私はこの景色が好きだ。マニラっ子の多くがよく夕涼みで来ている。家族連れが多い。フィリピンに来るとつくづく家族の絆の強さを感じさせる。

夕日も暮れてすっかり暗くなり、リサール公園を通ってホテルまで戻る。その後、シーフードマーケットというレストランに入ったが、周りは家族連ればかりで私は一人浮いた存在だった。早々に店を出て、近くのカーサに入った。

4,5人の女の子が座っていた。一人かわいいと思った子がこちらを見てニコニコとモーションを掛けて来る。その後私の横に座り、ドリンクをおごった。彼女はどこで覚えたのか、「チンチンタベル。マッサージOK」とか言ってくる。今晩はこの子にしようと思って2000ペソを払いホテルに連れて帰った。彼女は正解だった。

一緒に風呂に入り、お互いの体を洗いっこするなど、打ち解けてきた。胸が小さく、彼女も気にしているみたいだったが私は気にしない。私がほしかったのは愛情と体の密着である。セックスを終え、裸のまま抱き合ったり、お互いの体を触ったりして至福の時を過ごし、会話も楽しく弾んだ。夜中に彼女と夜食を買いに外出したとき、少し遠くまで行くので少々心配したが、これも杞憂に終わった 。

部屋で夜食を食べ、眠りについた。明け方目が覚め、彼女の体を触っていると、こんなことを言い出した。「私のお尻はバージンなの。3000ペソくれたらあなたにあげる。」私は経験がないので、どうしようかと迷っていたが、さらに「妹が4人にてお金が必要なの。2000ペソでもいい。友達は皆経験している。私も経験したい」と言ってきた。

彼女は風呂場からコンディショナーを持ってきた。こうなると私もやらないわけには行かない。最初指にコンディショナーをつけてアナルに出し入れしてみたが、彼女は特に抵抗しない。意を決してペニスにもコンディショナーをたっぷりつけ、挿入を試みた

。四つんばいではうまくできなかったが、うつ伏せにするとすんなり挿入できた。ゆっくりピストン運動を行った。射精はしなかったが、初めての経験に感動すら覚えた(ゴムをつけなかったことは反省)。

その後一緒にシャワーをしたが彼女はお尻を少し痛そうにしていたのでかわいそうなことをしたなと思った。結局チップ3000ペソを彼女に渡し、朝の5時半ごろ彼女と別れた。

その後、まだ朝が早かったのでもう一眠りした。9時ごろ目を覚まし、10時にホテルをチェックアウトした。ホテルの前のマクドナルドで朝食のコグニー(おかゆ)を食べた後、徒歩でスワグマン・ホテルへ向かった。このホテルからはアンヘレスへの直行バス(フライ・ザ・バス)がでており、350ペソで2時間ほどで到着できる。11時30分に出発した。

バスの中はオーストラリア人とおぼしき旅行者が約10名ほど乗っていた。ちょうどこの時期はテロの警告がありオーストラリア大使館とカナダ大使館は閉鎖中だったのは後で知ったが、我々同乗者はそんなことは露知らずに皆同じ目的でアンヘレスに向かった。1時半ごろアンヘレスのスワグマン・ナラ・ホテルに到着した。 私は歩いてココモスまでいき、そこからトライシクルに乗ってオアシス・ホテルへ向かった。

ちなみにこのあたりのトライシクル代は50ペソである。チェックインをし、明日のマニラ行きのバスチケットを購入した後、レストランで遅めの昼食をとった。その後、ホテルのプールに行ったが、非常に深いプールで、ほとんど泳げなかった。そうこうして夕方になり、7時ころホテルを出てココモスへ向かった。「ボルケーノ」の2階のイタリアンレストランで夕食を食べ、辺りをぶらぶらと歩いた。

どのゴーゴーバーに入ろうかと思っていると、ある店の入り口で客引をしているコがかわいくて、思わずその店に入ってしまった。カウンター席に座ると途端に人気者になってしまった。5,6人、いやそれ以上の女の子(GROやダンサーなど)に囲まれて、キスやおさわりの攻撃を受けた。このようなことはフィリピンでしか体験できない、非常に楽しいひとときである。

入れ替わり立ち代り女の子がやってきて、私にちょっかいを出してくる。ほかに欧米人の客がいるが、皆面白くないだろう。日本人は珍しいのだろうか。4人のGROにソフトドリンクをおごり、さてどうしようかと思案していたが、ママサンが女の子4人を同時に連れ出せと言ってきた。バーファインは1人1,000ペソである。当時は1ペソが2.5円だから、約1万円で5Pができるといった甘い計算をしてしまった。これが後に失敗となる。

特に品定めもせずに4人連れ出しをOKした。店を出るとき、私を最初に店に導いた女の子が寂しそうにこちらを見ていた。かわいいのでおそらくチェリー(処女)だろうが、そのとき少し後悔した。4人組はディスコに行きたいといったが、私はホテルに帰りたいといって強引にトライシクルに全員を乗せた。ホテルに着いたら、4人はプールで泳ぐと言い出した。早速夜のプールサイドへ行き、皆思い思いに好きなことをした。4人のうち若い3人は水着持参で泳いでいた。

私ともう一人の女はプールサイドで話をした。聞くとこの女は私と同じ年齢で、以前中東で働いていたとのこと。年齢的にかなりいっているので、アンヘレスの街でやっていくのは厳しいだろう。やがて3人の女たちも集まってきて、私がそれぞれに質問したりしてしばらく過ごした。その後部屋に戻ってから、女たちがこんなことを言い出した。「さっきホテルの従業員から言われたが、この部屋に泊まれるのは女2人までとのこと。従って2人は帰る」私は話が違うと怒ったが、表には出さず、ホテルの従業員に確認してみたりしたが、やはり2人は帰るとのことだった。

結局チップはやらずに2人を帰した。残る2人と一夜を明かしたが、そのうちの1人は生理のようだった(しかし先ほどはプールで泳いでいたのに・・と後で気づいた)ので、胸を触ったりする程度。まったくやる気はないようだった。もう一人の女は顔がまったくタイプではないが、唯一今夜セックスができた相手だった。

しかし射精はせず、途中でむなしくなってやめた。その後彼女たちはルームサービスを注文したが、私は食欲もなくそのまま寝た。翌朝、彼女たちと話をしたり、テレビの映画を見たりしながら過ごし、私は彼女たちの体、特に胸や尻を触ったりしていた。まあ、そこそこ楽しい一夜ではあった。彼女たちに100ペソずつチップをやり、チェックアウトの時間ぎりぎりの10時過ぎころ別れた。(続く)