地球の遊び方~海外風俗情報 タイの風俗から南米の置屋まで

読者の海外風俗体験記

第2651回 昔のカンボジアとバンコク by Tommy

過去の思いでを少し。

現在と比較してみるのも面白いと思います。

1990年頃、カンボジアに日本のPKOが展開されており、休暇はバンコクで過ごす人が 多くいました。

有る時、バンコク市内を歩いていてPKOの制服を着た人に飲み屋のシステムやどこが 安全かなどを聞かれましたので、とりあえずタニヤに連れて行きました。

いろんな話を聞いていると、皆さんの好きな女の話が出てきました。

PKOの初期から今は値段が倍になったと言うのです、バンコクで遊びまわっている者 としては3000B程度になったんだろうか?

と考えたのですがPKOの若者が言うには、初めは1ドルだったんですよ。

それが今は2ドルになってと言うのです。

ほとんどが未成年ばかりでバンコクを見ているとそんな未成年は居ないんですね。と 言うのでMPに行けば『子供部屋』と言うのが有って12歳くらいから居るよ・

しかし。6万バーツ程度は覚悟が必要だと教えました。

当時、日本円の1万円が2000バーツ程度だったのでびっくりして居ました。

当時のバンコクでは20バーツから6万バーツまでいろいろありました。

その後、カンボジアに戻ると連絡が有ったので一緒に付いていき色々遊んでいたのは 間違いありません。

今のカンボジアの値段は誰が決めたんでしょうね?

バンコクの20バーツと言うのを気になる人が多いと思いますので少し説明します。

この集団は全員が20バーツですが、ルンピ二公園の中で毛布を一枚敷いてやるという もので、24時間営業ですがルンピ二公園のフェンス沿いに夜に並ぶ立ちんぼを敵視し ていて小競り合いもよくありました。

フェンス沿いの立ちんぼは500バーツで郊外からの出稼ぎでかなり若いかわいい子も 多くいました。

最近のものは改めてと言う事で。。