地球の遊び方~ タイの風俗から南米の置屋まで

読者の海外風俗体験記

第2571回 20年ぶりのバンコクで考える byバベッター

俺は80年代から90年代前半までジュライホテルに住んでいた。

日系の会社にも2年ほど勤めていたのもあり、 バックパッカーと駐在員の両方を経験している。

当時のタイ人の目の輝きを知っている身としては、 90年代に入ってからのキラキラしてないタイ人には魅力を感じなくなった。

売春目的の多くの輩がカンボジアなどに移住したのと同じく俺もタイを捨てた。

それ以降の20年間、いまだにアジア諸国を旅しているが、 変貌してしまったタイを見たくはなく一度も入国しなかった。

遊びと言えばベトナムやカンボジア、ラオスやマレーシアである。

それらをタイを経由せずに飛び回っていた。

ところが今回、小生も50才になり日本に帰国することにした。

20年前の思い出を探すためにタイに行ってみた。

街の変化は予想通りであり、ずいぶん変わっていたが特段驚かなかった。

ところがやはり80年代のタイ人の面影はない。

日本人に比べたら明るいかも知れないが当時の明るさとは根本的に違った。

上手く表現出来ないが、当時はタイの社会全体が、 明るい未来が保証され毎日が楽しくてしょうがないような、 そのようなイキイキしてる状態であった。

それが今、笑顔が明るいだけの表面的なものになってしまった。

老婆心ながら今のタイが楽しいと言ってる人に当時のタイを見せてあげたい。

知る人ぞ知る20年前のフリーペーパー「スーパーガイド」は当然なく、 伝説のMP「クレオパトラ」の跡地もなく、 ラッチャダーの「セブンホリデー」もなく、 ツチサンの置屋もない。

唯一、当時の面影を残しているのはヤワラだった。

当時、まだ若かった俺は夜な夜な起こってくる性欲をこのヤワラで50バーツで 処理してもらっていたのである。

7月22日ロータリーから駅方向にはMPや立ちんぼがあるが、 ロータリーから北側には中国人の置屋が数件あった。

そこも行ってみたがやはり今は存在しない。

このサイトでも有名なテルメは80年代にはすでにあったが、 当時テルメで日本人を見たことはない。

当時のトイレは結構広く、 100バーツ払ってトイレで手コキしてもらった事が何回かある。

今回は帰国前の思い出探しと言うことで、 俺の海外転落のきっかけになったタニヤで飲んでみた。

結果として20年前のタニヤとはまるで別次元。

当時は14,15才のホステスも結構いた。

タニヤにはまって日本の生活を捨てる人がたくさんいたが、 今のタニヤにはその魅力はない。

それでも当時行った「クラブ愛」と「オーガスタ」に行ってみた。

オフしたいような気もなく、 カウンターでちょっと飲んで出てきた。

結局3日間の滞在で一番良かったのはオイルマッサージであった。

本番をするほどの元気もないわけだが、 マッサージ中に気持ちよくなり500や1000バーツで手コキ。

3日間で3回遊んだ。 20年前よりマッサージ店はかなり増えているし、 手軽に遊べるオイルマッサージはなかなか良さそうだと思う。

そこらへんにある普通のマッサージ店であるが、 顔を見れば裏サービスがあるくらいのことはわかる。

マッサージ代が300バーツ。

手コキ代500から1000バーツ。

大体このあたりが相場ではないだろうか。

みんなの海外風俗体験記を募集中です!投稿は こちら!から

旅は道連れ 世は情け「一緒にGOGOでも行きませんか?」 友達募集BBS