地球の遊び方~ タイの風俗から南米の置屋まで

読者の海外風俗体験記

第2550回 2014-2015 西双版納~モンラ中緬国境打通作戦  by もがきさん

年越しは、アウェーに限る。それも日本人と遭遇しない絶対的アウェー。

 ここ数年、そんな想いに駆られて年末の休みにあちこち巡って参りましたが、エロあるところに日本人あり。女を求めて行き先を決めるとどうしても同胞の影を感じずにはおれず、先達諸兄の偉大さを思い知ると共にどこか未踏の地はなかろうかと、ずっと考えておりました。

 もちろんそんな処女地なんぞどこにもないと分かっていつつも、まだ見ぬ桃源郷、一番乗りの地がどこかにあるに違いない(ないんですが)などという幻想は断ちがたく、年をまたいで中国~ミャンマー国境地帯を徘徊して参りましたのでレポートさせていただきます。

 真に遊びを知る勇者は、ミャンマーを攻めているらしい。閉ざされていた時間が長い分、普通の国ではご法度なことにも、ミャンマーは寛容であるらしい。そんなことをなんとなく聞きかじったのが4~5年前で、当時ですら既にかなり古い情報であったと想いますが、それ以来わたくしにとってミャンマーは憧れの地でありました。

 行ってみたい、でも普通にヤンゴン直行便で行くのでは、おっさん心がときめかない。ならば陸路、どうせなら辺境地域でミャンマーデビューを果たしたい。そんな単純この上ない夢を抱いて、中緬国境の玄関口、中国シーサンパンナタイ族自治州・景洪(ジンホン)に降り立った次第です。

 ここまで日本から乗り継ぎで丸1日。季節は真冬ですが、日中はTシャツ1枚でも過ごせる気候で、人々の顔立ちも一気に南方色が強くなり、国境が近いことを窺わせます。混血のせいか、美人がやたらと多い街でもあります。

 もっとも辺境と言うには景洪はあまりにも都会、そして卑猥な空気感は皆無な街で、ここから車で2時間走った先に桃源郷があるとはとても考えられない。とはいえ今さら引き返すこともできず、タクシーをぶっとばして国境の街・打洛へ。目的地はその先にあるミャンマー領・モンラであります。

 さてこのモンラという街、昔はとってもエロやら博打やら薬なんぞで栄えていたようで、先達諸兄の中には「なんでもあり」だった時代に訪れている方、きっとおられるのではと思います。事前情報では既にカジノの廃墟だらけとの報告もあり、また今回も周回遅れの旅になるやもしれぬ、そんな不安が拭えませんでした。

 入国方法等は、ここでは話が長く&ややこしくなるので略。ボーダーの状況がころころと変わっているようなので、自分の方法がこれから行く方にとっても参考になるものであるか確信を持てないのと、あとは何かあった時にとても責任を負えないということもあります。要は自分は小心なのです。

 無事、ではありませんがとにかくミャンマー入り。自分の中で決めたモンラ滞在時間は24時間。その間にミャンマー小姐にありつけるかどうか。武器はわずかの金だけという、まったくもって不安極まりないたたかいの幕開けです。

 これが自分の人生における、初ミャンマー。夢にまで見た、憧れの地。心の底にじ~んとくるものが……ありませんでした。なぜなら、そこは完全に中国人による、中国人のための街であったから。いやこれミャンマーじゃないだろう、というのがモンラの第一印象です。

 国境を超えたら目の前は一面ポピー畑、などというありえない(でも心のどこかでほんの少し期待していた)妄想はモンラ市内のあちこちにある漢字だらけの看板を見て綺麗さっぱり打ち砕かれてしまったのでした。

 モンラ、実に異様な街です。流通しているのは人民元で、街で交わされる言葉も中国語。飲食店でミャンマー料理なんてものを謳うところはごくまれで、屋台に至るまでほとんどが中華料理。

 警察すらもどういうわけか中国国内と同じ制服、パトカーであったりして、まるで中国の植民地であるかのよう。第三世界にありがちな国境を越えて光景一変、みたいな陸路越えの醍醐味が寸分たりとも感じられません。

 唯一、ここが中国でない証といえば、街中あちこちにあるゲーセン風カジノの存在くらい。これはとんでもない数がありました。

なぜかスト2イラスト堂々パクリのゲーセンカジノつきホテル

 カジノというにはあまりにもしょぼく、ちゃんとしたスロットを置いているところはごくまれで、大半はデパートの屋上なんかにある子供向けの筐体に人民元ばっこしぶち込めるよう改造したような、しょぼくれた台ばかり。町中にある店の半分以上はこの「電玩」なるゲーセンカジノです。

 それを目当てに中国側からばくち好きな成金が大挙してやってくる、というワケでもないようで、どこも客はまばらでしたが、それでもポーカーゲームやら脱衣麻雀に熱くなって100元札を次々ぶち込んでいるチャイニーズを多数目撃いたしました。ちなみにカジノ自体は国境からさらにバイクで20分くらい走った先に移転しているようです。  

 賭場あるところに女あり。私の目的はもちろんミャンマー小姐でして、賭け事はそこそこに街の探索を始めます。そんなに大きい街ではないですが、なにしろ参考になるものがグーグルMAPの空撮写真くらいしかないので、街並みを頭に入れるのにかなりの時間歩き回る必要がありました。

 まず探したのはSPA、水療、KTVといったたぐいの遊び場ですが、これらはどうやら取締りがあったのか工事中のものが多く、脈なしと断念。メインは置屋だろうと考えて裏道、怪しげなエリアをしらみつぶしに歩き回ったものの、日中ということもあってかそれらしきものが見当たりません。これまでの少ない経験と頼りない勘をフル活用して置屋の匂いを探すものの、全くの空振り。

 とっぷり日が暮れ、歩き疲れて街中央のマーケットへ。四川、雲南、福建、湖南などありとあらゆる中国の地方料理の屋台が揃っていながら、どういうわけかご当地ミャンマー料理は一軒も見当たらない、中国人のための巨大市場兼フードコートです。

中央市場、ミャンマー色は希薄ですがめしはやたらとうまいです

 少数民族のおばちゃんらしき人がバナナを売り歩いていたり、店員さんにタナカ(ミャンマーの伝統化粧)を付けてる人がちらほらいたり、あとはワシントン条約完全無視の野生動物=食材売り場以外は特段ミャンマー色は感じられない、微妙すぎるマーケット。

 そこで麺をすすりながら、夜空を眺めてしんみり物思いにふけります。嗚呼、こんな遠くまで来て小姐にもありつけず、2014年最後の夜を過ごさねばならんのかと。

 究極の無駄足ここに極まれり、などと沈んでいたところ、ふと視界に色黒ガチ若、ボディコン風ワンピース姿の小姐たちの群れが入ってきました。というかよく見ると市場の一角、中央から見て南西側4分の1くらいのエリアが全部そんな感じで、一応酒場の体を装っているものの置屋ですよオーラは隠しようもない堂々営業。 

 まさか市場を囲むように置屋が並んでいるとは露ほども思わず、慌てて麺全残しで近寄ると、どう見ても10代確定な小姐たちに取り囲まれました。

 ぱっと見た印象、ルックスはムラが大きいものの、総じて若め。というか幼め。もう今年は合体を諦めていた身としては、なかなか燃える展開ではあります。

 そのまま引きずり込まれるかと思いきや、全員が全員揃って電話番号が書かれたカードを持っていて、我も我もと手渡してきます。

こんな僻地でも篠崎愛の人気は不動

ビアバーを装った置屋の外観、昼間は撮影できました

 風俗嬢の名刺みたいなものなのだと思いますが、カードの写真は篠崎愛だったり小倉優子だったりと、こんなミャンマーの僻地においてもぶれのない中国クオリティ。

 そして特筆すべきはカードの説明書きの、彼女たちの年齢を示す「十◯~十八美少女」の文字。その文言が本物であれば、ここはまぎれもなく一部の方にとっては桃源郷に他なりません。

 ぶっちゃけ大陸本土でも表向きは十八だけど実際は、なんてことはざらにあるのでそれ自体は珍しくもないのですが、堂々公言、しかも印刷物にこれみよがしに明記しているところは聞いたことがなくて、やっとああここは世界の常識が通用しない地、ミャンマーであるのだなあとしみじみ感じた次第です。

 で、とりあえず値段を聞くと300元。たけえ。

 一律300元、ただし連れて帰ろうが何しようがひっくるめて300元なので、中国本土の一発屋さんとは単純比較できませんが、物価的には異常です。日本人が釣り上げてしまったわけではなく、それだけチャイニーズがお金持ちってことなんでしょうが。

 とはいえここまできて金をケチっても仕方がなく、まず選んだのはもろ南方系顔立ちの小柄にぱっつん黒髪、ミニスカぴっちりワンピースの笑顔が可愛い十八歳。雲南省出身の純正(もしくは混血?)チャイニーズの子のようでした。

 その時わたくしはホテルに連れて帰れない事情があり、ならここでやっていきなさいと案内されたのは生活臭と垢にまみれた住居兼ヤリ部屋。十代女子の生活感に満ちていながらも精子と汗の匂いが鼻を突く、窓のない三畳間であります。

 部屋の外から鍵がかかるようになっているあたりもポイント高し。置屋という言葉の持つ重みをそのまま可視化したような気の滅入る部屋で、もちろんシャワーなどありません。

 もっとも彼女にとってはそこが自分のホームなわけで、何ら不安はなく満面笑顔、そしていきなりの全裸展開。

 脱ぐと、身長150cm未満の小柄な身体は苗のようなしなやかさで、首から下の浅黒な肌と厚化粧で真っ白な童顔とのコントラストがなんとも言えず卑猥でした。こういう背伸びしてます感、すごくいい。

 これは普通に一晩三回余裕の流れ、と思いきや、なんとここでどうしても勃たない。絶対的アウェーのプレッシャーでした。

 さらにコンドーム要る? なんて聞かれて、そこでもちょっと引いてしまったり。たぶん、というか確実危ないと思う、でもここまで来て日和ってどうする、そんな葛藤にさらに萎え、改めて自分の器の小ささを思い知らされました。

 こりゃあ挿入無理だろうと半ば諦めていたら、思いがけずの口淫サービス。もう彼女の名前は忘れてしまいましたが、笑顔そのままの心優しい子だったのです。

 なんとか勃起し、半勃ちのままにゅるっと挿れて、しばし温もりを楽しんだ後に放出。ミャンマー小姐の優しさ(中国人ですが)に救われた思いがしました。

 発射後もしばし繋がったまま、香水に土ぼこりの匂いが混じった彼女の髪に顔を埋めて余韻を楽しみ、やがてお別れ。優しくしてくれてありがとう、そう言って帰ろうかと思うと、次はどの子にするとママさんの激しい押し。この子は十◯歳だ、そういう押し方です。

 なかなかツボを得た勧誘ですが、真偽のほどは確かめようがなく、ぱっと見ただけだと正直年齢なんて分かりません。というかみんな子供の頃の栄養状態があまりよくないのかピヨピヨ感がありすぎて、そして言葉の壁で詳しく聞き出せないこともあり結局彼女たちの自己申告を信じるしかない状態。迷いはさらに膨らみます。

 でも、たぶん、というかきっと自分の人生でここに来ること、二度とない。そう考えるとまた今度とは言えず、騙されていようが何だろうが、無理を承知でハシゴすることにしました。

 タイの人は若い子好きでしょ、なんてことも言われました。店のママさんも小姐たちにとっても、日本人客なんぞ思いもよらないことで、中国語が下手な外人=タイ人という思い込みがあるようです。いや日本人だ、などと言ってぼられても仕方ないのでサワディーカーとか言いつつ再戦。

 そのお相手はやはり地黒、でも顔立ちは絶対美少女、それをケバい化粧で台無しにしてます的な小姐でした。この子も出身は中国だそうで、前の小姐に比べると格段に愛想が悪く、それは若さからくる性質のもののように感じられました。

 通されたのは、さらに汚い部屋。シャワー、もちろんなし。フェラキスNG。入れる前には「ゴム(避妊套)、いるの?」 そんなものすごく投げやりで、情の通いようがないSEX。だけど、何故か嫌な気分にならないのです。

 うまく説明できませんが、なんで自分は今ここにいて、こんなことをしているのやら考えがまとまらないような状況で、思いっきり事務的な対応をされつつも放っておいてもコトが進んでいく流れに、なんだかほっとするものがある、そんな感じ。

 さて脱いで気づきましたがこの子、下腹部がちょっと不自然に膨らんでおりました。

 幼児体型、もしくは栄養失調による餓鬼腹というよりは、もっと重い理由が脳裏に浮かびます。浅黒の肌といっても、タイの女の子でも乳首の色がこんな黒いの、見たことない。言葉があまり通じないので、詳しく聞けなかったのは幸いであったかもしれません。

 思考を停止し、10分ほどの抜き差しの後、気合いの発射。忘れられないSEXではありますが、かといって後で思い返して思い出に浸りたい性質のものではありませんでした。

 店を出ると、ネオンギラギラで星なんて全然見えない辺境の夜空に、悲しくなるほどしょぼい花火がパスンパスンと上がっていて、時間は深夜11時過ぎ。

 時計の時差を直すのを忘れていて、それが2015年の幕開けであることに気づいたのは、くっそ汚いホテルに着いてからのことでした。

 こうして純正ミャンマー小姐にはついに触れることなく、わたくしのモンラでのたたかいは終わりました。

 かつてこの地は、博打と女、薬とあらゆる享楽に満ち満ちた楽園であったそうです。それがあまりにも治安が悪くなりすぎて、ミャンマーなりに襟を正した結果、こんな中途半端な、だけど唯一無二のどこにも似ていない異様な遊び場に変貌を遂げたのでしょう。

 賭博もエロも、あるラインまではなんとなく黙認、でも、まああんまり目立つようにやってくれるな、そんな暗黙の了解みたいなものが感じられ、カオスの中である種の秩序が保たれた不思議な街。

 滞在中、勃起すらはばかれるほどのアウェーの緊張感は最後まで取れませんでしたが、後になってよくよく考えるとそれは杞憂に過ぎませんでした。

 日本人がそもそも皆無に等しい地で反日感情なんぞ問題になるはずもなく、そして一番心配だった追い剥ぎに遭うことも、町中ではまず考えられない。なぜなら、自分なんかよりそのへんうろうろしている大量の中国人の方がよっぽど金を持っているから。

 バックパッカー的いでたちの小汚いタイ人(実は日本人)を襲わなくても、街には人民元の札束を見せびらかすように持っているチャイニーズがいくらでもいるわけです。

 それ以前に治安がすこぶるいい。一軒風紀が底抜けに乱れているように見えて、実際エロに関しては世界の基準から外れた部分が多々あれど、夜でも女の人が普通に出歩ける街。街の奥にあるカジノの跡地の方まで行くと注射器の落し物なんかもあるとの噂も耳にしましたが、カンボジアなんかで感じる夜道の心もとなさは皆無です。

 辺境のエロスを求めて向かった中緬国境地帯。でもそこはそもそも、辺境ですらありませんでした。

 確かに日本人は、いなかった。でもそれは、モンラに同胞諸兄の琴線に触れる遊びがないからという至極当たり前な理由によるもので、未踏の地でもなんでもなく、報告に値しない「終わった地」のひとつに過ぎなかったわけです。

 それでもネットに情報がない完全アウェーの土地でまったくのゼロから自分の足で小姐を探し求め、ついに巡り会えた時の充実感は、わたくしにとっては新鮮で、なかなか味わい深いものがありました。

 例えは悪いですが、それは自転車に乗れるようになったり、泳げるようになったりといった、子供の頃にはたくさんあった「できなかったことが、できるようになる喜び」に近い感覚。もっともやっていることは人民元で十代女子を買っただけで、「俺、やったよ!」と胸を張れる行為でもなんでもないんですが。

 でも、確かにやれた。国境、越えたった。自己満足の極み、オナニーの最たるものですが、不思議と満たされている自分がいます。 

 その後シーサンパンナ、上海と結局サウナ巡りに励み、日本へと戻る頃にはモンラ小姐たちの顔はおぼろげにしか思い出せなくなってしまったものの、あのひりひりした24時間のことを思うと、今すぐにでも大陸へと渡りたくなります。

 探しているものは、きっとない。分かっては、いるのですが。

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