地球の遊び方~海外風俗情報 タイの風俗から南米の置屋まで

読者の海外風俗体験記

第2066回  セブのトンネル開拓史 by 十三の夜

初めて、投稿させて頂きます。平成23年9月8日から11日の4日間、セブに行ってまいりました。

盆休みを今月に廻して、諸先輩方のご活躍を参考にしながら、活動しました

序章

 アジア系の出会いサイトを活用し、何人かとコンタクトをとりました。ほとんどの尾根遺産はネットカフェからのコンタクトです(一時間30ペソ)

その中で、唯一自宅からチャットをしている尾根遺産を発見しました。その子にターゲットを定め、日々チャットに励みました・・・。

 分かった事は

 ①二ヶ月働いていない

 ②叔母夫婦の家に転がり込んでいる事

 ③家族がとても多い という事が判明

 こちらがスケジュールを伝えると叔母夫婦で空港まで迎えに行くとの事でした。まあここは深く考えずにPRを使い、マニラ経由で向かいました。

第一日目

 到着ロビーを出ると、見知った顔の人が接近してきました。そう彼はチャットの向こう側に居た叔父さんでした。すぐにタクシーに乗りセブシティの「ミッドタウン・ホテル」に直行しました。

なんと彼らは部屋まで着いてきました。着替えを済ますとタクシーに乗り郊外にある、自宅へと招かれました。

そこで、家族全員と食事が始まりました・・・その後自宅でカラオケ大会です。もちろん私も歌いました(笑)YMCAを振付けありで歌って、踊って盛り上げました。「俺、こんなとこまで来て何してんねん」って思いながら

 夜も更けてくると、「もう帰ります」と告げ尾根遺産を連れホテルに戻りました。

帰る前に叔母さんは私に言います「この娘をよろしくと」・・・

「What's I konw」

 ホテルに戻りいよいよ戦闘開始です。  が、しかし・・・掘削工事が進みません!

 尾根遺産は「処女」でした!

 自宅で何やら叔母さんが尾根遺産に説き伏せているような気がしたのは、こういう事だったのか!と自分で納得させました。

その夜は指一本を出し入れしていました、勿論、色々教えました。

第二日目

 朝十時過ぎに起床するや否や掘削工事開始です。ベッドの端まで押し込みましたが貫通ならず・・・

ならば尾根遺産に特訓をしてもらいました。

その後、ランチを兼ねてMang Inasallに行き飯を食べました。これはとても美味しく、日本の焼き鳥よりも旨かった。

その後尾根遺産の服を買いにSMモールに行きました。遠慮しがちに買うから「もういいの」なんていいながら、買いました。それからカルボンマーケット見学です。

タクシーの運ちゃんも尾根遺産もビビッてました。一番治安の悪いところらしいです・・・

財布は前のポケットに入れとけ、などと言われましたが、やはり雰囲気で分かりました。あまり用事のない人は行かないほうがよろしいかと思います。

 夜はメトロデパートの最上階にあるフードコートで食べましたがビールがないからホテルに戻って一人で飲みに行きましたが、戻ると尾根遺産はプリプリ怒りながらテレビを見ていました。

さあ、気を取り直して掘削再開です。既に潤滑油は豊富なまでに成長してくれました。

Stop and go を繰り返しながら「メッリッ」、という音が聞こえたように思えた瞬間私の頭はすっかりトンネルの中に納まりましたが、尾根遺産は「Stop!!」と言ったまま更なる掘削は阻まれました・・・

今日の工程はここで終了。朝まで血ぃが出ていました。

第三日目

 朝から快晴でした。調べておいたハドソンビーチへ行きました。ボートを貸切アイランドポッピングです。なんと尾根遺産は泳げなかった(泣)

仕方がないので水深1メートルの所で水遊びです・・・尾根遺産はあそこがしみると言っていた(笑)だって怪我しているのと同じやんか。

 早めに切り上げホテルに戻り着替え、最後の飯です。叔母さん宅に寄ってからトライシクルとジープニーを乗り継ぎ、どローカルのモールに行きピザを三枚買い戻りました。

三々五々親戚が集まりまたカラオケ大会です(泣)総勢20名集合しました。尾根遺産は15名もいましたがほとんど20~30代でしょうか・・・フィリピンパブ状態でした。持参した日本酒を飲ませました

 しかし、あれだけの大音量で苦情もないのはお国柄なんでしょうか? みんなとハグして、ホテルに戻ります。

 大分痛みも収まったようで入り口だけは容易に掘削出来ました。しかしその後は進まずにそうこうしているうちに、赤い洪水が押し寄せてきました。これはまた違う感触です。

脳内を一気にエンドルフィンが駆け巡り、私は「水揚げ」という大切な行事を遂行することが出来ました。最後は尾根遺産も大分反応していたようです・・・

第四日目

 早々に荷物をまとめ尾根遺産に空港まで送ってもらい、別れました。

荷物検査場の手前で救世軍のようなに目の不自由な方々の演奏が心に染みたのは私だけでしょうか・・・

水揚げをして、旦那になるのはこういう気持ちなんでしょうか・・・

ほとんど、お金を使った感がありません。別れ際に「家族に使って」と渡しただけです

 諸先輩方がハマる気持ちがよく分かりました。

 長々と拝読して頂きまして、ありがとうございました。