地球の遊び方~ タイの風俗から南米の置屋まで

読者の海外風俗体験記

第1293回 サンクトペテルブルクとロシア女性の美について by 金糸蝶


過去のロシアに関する投稿を拝見すると、ライターの方や現地在住の方々が正確な詳細情報を提供しておられるが、投稿数が少なく彼女達の美を考えると残念でならない。

私見であるがその理由は、ロシア旅行にはビザが必要で、取り扱っているツアーも少なく、他国と比べると割高、宿泊先も外国人滞在登録が必要で自由度が低いことが挙げられる。外国人登録は、そもそも社会主義的発想から外部の者を監視するために始まったものらしいが、現在ではホテルの各階のデジュールナヤがいないホテルも増えてきて、徐々にではあるが変化の兆しは見て取れる。しかし、公共の場での英語理解度は、おそらくは日本以下でありロシア語が分からないと苦労する。また、ロシア人自身が夜の一人歩きは危険との認識を持っているほど治安も悪い。

さて、理由はともかく私の数少ない経験の中から、サンクトペテルブルクを訪問して感じた街の雰囲気を私なりに表現してみた。読み返してみたら、長い文章の割に要点が短く毛色も異なっている。頑張って読まなくともよいように、結論を先に記しておく。その先を読むか否かは、各自判断願う。このHPは他の閲覧者同様、常日頃より参考にさせていただいており、運営者並びに投稿者等にこの場を借りてお礼を申し上げる。今後ロシアを検討されている方々の一助になれれば幸いである。

■目的 異文化コミュニケーション

■条件

時期:2006年5月

場所:サンクトペテルブルクのモスクワホテル

時間:1時間

金額:$100 (言い値、値切りなし、追加請求なし)

女性:金髪、おめめはグレー、痩せ型、自称28歳、美人度普通

■方法

①ホテルのロビーで複数試料群から高品質試料A(以下A)を選択する。

②Aのみを確実にピックアップする。

③Aとプレイを行う。時間的観点から放置プレイは該当外とする。前戯、ゴム、笑顔、褒め言葉は極力使用することが望ましい。

④ミッション終了後は、Aに$を持たせる。

■結果

まず、Aの高感度部位を接触手法にて探索した。次いで得られた高感度部位に手を当て、接触動作しながら表情および発声の変化を観測することで感度確認を行った。穴部の内部の湿度が上昇し飽和を確認した後、被験者の所有するゴムで覆われた突起物をAの穴部に挿入し、発声の強弱に同期させるようにピストン運動させ、その先端よりタンパク質の液体を断続的に放出した。その際、使用する2つの穴部の選択は、Aの意向にもよるが、おそらくはどちらかに限定されるものではない。

前記作業の結果から、時に笑顔で声をかけ、Aの胸部および下腹部の突起物に軽度の圧力の振動エネルギーを加えると、感度がアップすることが確認された。しかしながら、実効感度は要求仕様よりも低く、更に感度と表情および発声の不一致も散見された。

この現象は被験者への好意を示すものではなく、液体放出を促す行為として活用されていることからも、Aの全ての行為は$が大きなファクターであり、当然ではあるが本プレイは義務的な作業として捉えていることが容易に推察された。

■結論  イマイチ。選択の余地なし。(○ ̄ε ̄○#)

モスクワホテル

逝ってみようと決心してから足掛け2年、2006年5月にサンクトペテルブルク訪問が実現した。モスクワのシェレメチェヴォⅡ空港からサンクトペテルブルクのプールコヴォⅠ空港へ、私は暗闇の中、古いロシア製の小型飛行機に乗り込んだ。モスクワにランディングしたときのアエロフロート乗客の拍手を思い出して気分が悪くなった。空港で飛行機を待つ間、全ての日本人観光客は私を避けるように違う飛行機で飛び去っていった。周りはロシア人とその他の外国人のみ、予想していたことであるが日本人観光客が異常に少ない。ビザによるものか危険性によるものか理由はわからないが、この国への旅行者はある意味物好きなのだろう。

空港への到着は深夜であったため、白タクおじさん達も心なしか疲れているように見えた。迎えに来た運転手は私を拾うとモスクワホテルへと車を走らせた。モスクワホテルはネフスキー大通りの終点のアレクサンドル・ネフスキー大修道院の向かいに建っており、その規模は、かなり遠くまで歩かないと全体像をカメラに収めるのが難しいほどだ。道路の真ん中にアレクサンドル・ネフスキー像が建っており、その周りがロータリーになっている。

チェックインを済ませて部屋へ急いだ。中は延々と部屋が連なっていて全く人の気配は見られない。部屋の質は可もなく不可もなくといった状態で、観光目的の拠点にするには問題ないレベルである。腹ごしらえをするために外に出たがホテルの周りも明かりが少なく、いわゆる夜の街とは違う雰囲気だ。唯一明かりがついていたファーストフードでハンバーガーを食べた。

ホテルへ戻ると、ロビーのエレベータの向かいにあるバーでカップル達がテレビを見ながらビールを飲んでいた。階段を昇った中二階にはパスポート管理部屋と両替所、そしてパブがあった。パブの前では店の女性がタバコを吸って休憩していた。彼女達は、ほろ酔い顔で私を見たが興味を示さなかった。中を覗くと白人客が数人カウンターに座っていて有色人種の客は見当たらなかった。

エレベータの前にはソファとテーブルが並んでいて、それらしい女性達がやはりタバコを吸いながら話をしていた。なぜか、それは入り口に立っている強面のボーイからよく見える場所に位置していた。観光目的の健全なる私は、いつもの癖で声をかけようと思ったが、よくよく見ると誰も声をかけていないことに気がついた。彼女達の井出達からは、それと容易に想像できるのであるが、万一、一般人に「ナンジカンでイクラですか?」なんて声をかけてしまったらホテルからつまみ出されてしまう可能性がある。

そこで、私はバーでビールを飲んで観察することにした。誰かが買えばそれなのだ。しかし30分程度観察したが一人歩きの男は数人通り過ぎただけだった。彼女達は彼等に声をかけようとしなかった。何を目的としてそこにいるのか?苦渋の決断であるが、その日、彼女達の目的はわからないままその場を後にすることになった。

サンクトペテルブルク

翌日から丸々5日間、私は本腰を入れて観光に没頭した。あくまで健全な観光が目的である。予定通りの場所を全部観ることが出来た。使った交通機関は、地下鉄、電車、タクシー、マルシュルートカである。タクシーは考えていたよりも紳士で、全て定額で乗れた。ネフスキー大通りと、マリインスキー劇場からセンナヤ広場までは何度も歩いた。道を尋ねれば若者も老人も一生懸命ジャスチャーを交えて教えてくれた。ロシア人と同化していた私は、地下鉄で3度ほど行き先を聞かれたが、なんとか教えることも出来た。

街は季節によるものか、街中に埃が舞っておりズボンの裾が土埃で真っ黒になった。スーツで劇場へ出かけると壊滅的なダメージを受けた。至る所で水撒きを行っている。それでも、若い女性はジーンズを引きずって歩いている。メーデーに重なったため、彼らと一緒にネフスキー大通りを歩くこともあった。

私は、やはりなんといってもエルミタージュ美術館を見なければいけないと考えていた。言うまでもないが規模は世界最大級だ。あまりにも有名なので内容は割愛する。後に観ることになるプーシキン美術館も系統が似通っていた。

しかし、サンクトペテルブクにはもう一つロシア美術館という素晴らしい美術館があることを私は見落としていた。後に、トレチャコフ美術館を観てその価値に気づかされるのであるが、丁度1年後に東京都美術館で開催されていた「国立ロシア美術館展」を観てそれは確信に変わった。展示物はトレチャコフと同じ系統で、私が素晴らしいと思ってみていた作品群は、ロシアではかなり有名な作品群だったのだ。レーピン、クラムスコイ、アイヴァゾフスキー、シーシキン等の作品である。

ペトロパブロフスク要塞の中にある聖堂にはピョートル大帝からアレクサンドル3世まで歴代ツァーリが埋葬されている。そのネヴァ川に面した場所は日光浴の場となっており、ロシア人達が水着で寝転がっていた。その傍を融けきっていない氷がプカプカと流れていく。カザン聖堂の前の芝生は、(おそらくは)デートの待ち合わせ場所になっており人でごった返していた。建築物はヴァチカン大聖堂の模倣だそうでその面影があった。

スパス・ナ・クラビー聖堂は外装通り、内装もカラフルで、ロシア正教のモザイクが満喫できる。そして、規模が世界3番目といわれているイサク聖堂は他の建築物との大きな違いは、大理石による建築物でとにかく大きい。クーポラへ登ると街が一望できる。前の広場にはニコライ1世の馬上像が建っている。裏手にはデカブリスト広場がありピョートル大帝像が建っている。

ペトロドヴァレッツ(ピョートルの夏の宮殿)とエカテリーナ宮殿(エカテリーナの冬の宮殿)はサンクトペテルブクの郊外に位置している。前者はベルサイユ宮殿をモデルにした建築物で金の内装が豪華絢爛である。宮殿周りの数多くの噴水に見応えがあるが、5月初めは残念ながら限定された噴水のみの運営であった。私は特に、宮殿裏からフィンランド湾へ繋がる運河の景観が素晴らしいと感じた。ここは、2006年サミットが行われた場所でもある。夏はエルミタージュ美術館裏手のネヴァ川から水上バスで行くことが出来る。私はアフトーバ駅よりマルシュルートカに乗った。

後者は琥珀の間で有名な宮殿であり、女性らしく水色の外装である。鏡張りの大広間は舞踏会の映画の撮影にも使われており、天井の絵画も素晴らしい。庭園は同じ色の石を集めて幾何学模様を形成しており手入れに余念がない。ここが今回の旅で一番人気の場所だった。ヴィチェプスク駅より近郊電車でツァールスコエ・セロ駅(プーシキン市)へ、宮殿までは歩いたらかなりの距離だったのでタクシーをお勧めする。

これらの過去の建築物、美術品、街の景観などの作品群は、ロマノフ王朝(ピョートル、エカテリーナ2世等)の当時の野望と富がもたらしたもので、日本でも何度もメディアで報道されている世界遺産である。300年程前に西洋文化に追いつき追い越せを目標として、北の湿地帯に杭を打ち込むことから始まった人工的に創作された街である。人海戦術で創り上げたため時間も犠牲者の数も膨大であったという。

ところで、エカテリーナ2世はドイツ出身の女帝であり、オストロフスキー広場にポチョムキン等を従えた銅像が建っている。また、宮殿のいたるところにも人物画が飾ってある。女帝として求心力を発揮した、民衆が支持したその女性の魅力とは何だったのか?言いたいことは、時代によって美の価値観は変化していくものではあるが、それは彼女の容姿ではないと想像できるということだ。

私は街で何度も連れ去りたくなるような女性とすれ違った。後姿だけでも、ジーンズの上からでも十分想像を掻き立てるものがあった。とりわけ、体のラインがそのまま出るジーンズを着こなした姿はセクシーである。マリインスキー劇場でみたバレエの女性の脚線美も目を見張るものがあった。手足の長さや構造を観察すると、明らかにアジア人とは違う美しさがあった。彼女達の美は、全ての不の要素を肯定させてしまうほどの説得力のある美であると思う。わがままも、きたない言動も、全てを許せてしまうほどの説得力を持っていると思う。しかし、将来はどうしようもなく太ってしまうのが常である、それを考えると非常に刹那的でもある。これは、痩せたオバサンを見つけるのに苦労することからも間違いない事実と思われる。

ところで、モスクワホテルにいる娼婦と思われる彼女達に一歩踏み込めなかった理由の一つに、カジノがないことがあげられる。これまで、私は娼婦とカジノはセットで存在するものと考えていた。以前訪問したウラジオストクでは街中にカジノが氾濫していた。道を歩けば、必ずカジノの文字が飛び込んできた。従って、カジノがあるホテルに行けば確実に金髪をゲットできると考えたのだ。そこで、モスクワホテルからネフスキー大通りをネヴァ川へ向かってひたすら歩き、有名ホテルを覗いていく方法をとった。

モスクワ駅の向かいのオクチャーブリスカヤから、ネフクキー・パラス、SASロイヤル、グランドホテル・ヨーロッパ、アストリアと順番に外観を見て回ったが、カジノのカの字も見当たらなかった。全くの想定外のパターンである。カジノがないという事態を全く想定していなかった私は、疲れ果ててビーフストロガノフ発祥の地であるビーフストロガノフ邸で食事を採った。

食欲がない私は、ボルシチとペリメニとビーフストロガノフを少しずつ食べた。欲望を満たす場所が見つけられないことに憤りを感じながらも、きれいなラインの尻のウエイトレスが皿を片付け始めたのを診て、彼女を凝視しながら考えた。そう、もはや食せる女性はモスクワホテルのロビーにしかいないのだ。私は今、質についてとやかく言える立場ではないのだ。この街は間違いなくロシア人達が言うように美しい街だ。歴史的建造物の造形美に、スラブ民族の美しさに疑いの余地はない。しかし、何かが足りない。それは、偽者ビーフストロガノフのほうが美味いと肌で感じるように、女性も肌で感じて答えを出すべきなのだ、おそらく。

再びモスクワホテル

さて、モスクワホテルでは、あいかわらず娼婦らしき女性達が夜になると現れた。残念ながら何時見ても同じ構図であった。毎日毎日、こうして時間だけが過ぎていった。しかし、これで終わってしまっては後悔することになる。最終日ならつまみ出されてもよいのではないかと覚悟を決めた。ビールを飲み終わると、私は部屋を片付けて貴重品を隠してからアタックしようと心に決めた。

いつものようにエレベータに向かって歩いていくと、なんと、一人のロシア人らしき男性が彼女達に話しかけているではないか。ロシア語で何がなにやら分からないが、雰囲気から彼は彼女達の中から一人を選んだようだった。しかし、なぜか交渉が終わると彼は私と同じエレベータに一人で乗った。いきなり殴りかかってもおかしくない風貌である。しかし私にも事情というものがある。私は「ナンジカンでイクラデスカ?」と英語で聞いた。彼は一瞬ためらってから、「ワカリマセン」とロシア語で返した。ロシア語で「イクラデスカ?」と指で下を指しながら聞くと、「1ジカン100ドル」と答えた。「ありがとう」と笑顔で言うと彼も笑顔になった。

今思えば、ホテルの朝飯を食べにいけば、大きさのわりに宿泊客が少なく、一人で飯を食っている男性にはめったに見ることがない。部屋に辿り着くまでに物音一つ聞こえない。閑古鳥が鳴いている状態では彼女達のモチベーションも上がらないだろうし、利益をあげるのは難しいのではないかと思う。物価はモスクワよりも低く収入も少ないのだろう。勝手な想像ではあるが、この街では夜の仕事は盛んではないと思われる。ビジネスは既に破綻しているのではないか?と思うほどであった。

しかし、それはさておき、逝かなければならない。あの美人でない彼女達と交流を持たなければならない。異文化コミュニケーションは何時の時代もその国に利益をもたらしてきたのだ、多分。私は部屋を出てエレベータで2階まで降りて階段から様子を伺った。しかし、相変わらず閑古鳥が鳴いている。5人がソファに座っているが、よくよく見ても全体的に質が悪い。誰も彼もダレている。私は比較的ましな小柄の痩せ型金髪女にロックオンし、わざとらしく彼女達に近づいていった。「ハイ!」と彼女に向かって挨拶をすると一瞬皆が注目した。私が彼女に話し出すと他の女たちは再びダレた世界に戻っていった。

彼女は近くで見ると目がグレーで思ったよりも普通の顔だった。しかし、その他の女を観察してもそれ以下だった。相対比較による最善の選択である。何故にこの質かと問えば、資本主義による需給関係により決定された世界標準で、極めて公平な質なのです、と妄想の中の彼女が答えた。何時誰が必要とするか分からない状態のモスクワホテルではこれが精一杯のサービスです、外国人はお金持ちが多いでしょうから$100はお客様へのサービスなのです。ここでは普通に働いて月に$400しか稼げません。いや、もっと安いでしょう。従って、私達にとっては一週間に一人でもお客さんがつけば同じ額が稼げるのです、と妄想でない彼女が付け加えた。

部屋でお互いにシャワーを浴びた。彼女は思ったよりも痩せていて綺麗な乳首を持っていた。しかし、健康的な体ではなく不健康に痩せた体であった。不健康な体の脚線は美しくない。いつもの私は頭の中が「すぐにイレイレ」なのであるがなぜか覚めていた。顔を観察すると若干シワがあって30前後と判断した。聞くと28歳と答えたがそう見えなくもなかった。髪は金髪で生え際の色が濃く下の毛も同様だった。この女とこれから一戦交えなければならない状況に困惑した。これまでほぼ完璧だったサンクトペテルブルク観光であったが、味わう女性だけがそうではないのだ。出来れば高くとも好物を食したいのが人間の性である。

私がそんな思いに耽っていると彼女は勝手に仕事を進めていった。私を横たえ乳首から息子を刺激した。当然、私の息子も正直者で元気な状態になることを拒んでいるかのようだった。私の躾がいきとどいているのだ。しかし、それでは時間内にミッションを遂行するには難がある。私は彼女を横たえ乳首を刺激した。彼女のちょっとシワのある顔が笑った。ゆっくりと乳首を刺激すると彼女は声を出した。数分刺激した後、下を確認すると準備が出来ていた。

彼女は私の息子にゴムを被せた。彼女は私の上にまたがり、私の息子をするりと受け入れた。するり、である。小柄で痩せた女性を選択したのであるがその結果がするりであった。その後、当然のことながら、体位を変えながらピストン運動を繰り返した。しかし、残念なことに発声のタイミングと表情と感度に若干の差異が見られた。

結果、感動がない、義務的な、想像通りの、刺激のないプレイをさせていただき、適量の液体を放出させていただいた。プレイが終わり$100支払い彼女と会話を交わしたが、なぜか会話が弾まない。それは、私が乗り気でないからか、彼女が乗り気でないのか、言葉の壁なのか、私に魅力がないのか、原因を特定する判断材料すら見出せなかった。しかし、それで彼女を攻めることなど出来るだろうか?彼女には生活が掛かっているのだ。

彼女が去った後で、使われることのなかった潤滑剤のチューブが虚しくも椅子の上に転がっていた。チューブは「おい、俺を使わなかっただけありがたいと思えよ!するりの方がおまえにとっては、男としての存在価値があるということなんだぞ!」と私に向かって語りかけているような気がした、そんなわけないが。私は初めて金髪美人と関係を持ったときの感動を思った。それらの経緯があって、今サンクトペテルブルクにいるのだ。ロシア女性の美しさを知っているが故に今回の失敗は残念でならない。しかし、そんな美人フィルターを介して見なければ、ぐへぐへっ!金髪女と成功したぜ!なんて解釈していた可能性もあり、あたりまえのことであるが本人の好みで全てが決まる。

残念な結果に終わったサンクトペテルブルクの最後の夜であったが、もののついでということで、モスクワに立ち寄る予定を入れている。その話は、第1198回を参考されたい。

回想録

私が子供の頃、ソビエト連邦は米国と世界を二分する社会主義国で情報が開示されない不気味な大国であった。その反面、オリンピック、宇宙開発、芸術、文学において秀でた国であり非常に魅力的な側面もあった。90年代前半にソ連が崩壊し入国が容易になったが、当時、私の興味も薄くロシア女性についての認識も皆無であった。ソ連崩壊の重要性に気がつくには、何年も後に偶然起こった彼女達との交流を待たなければならなかった。

話は2004年に遡る。夜の10時頃、新宿歌舞伎町を歩いていると、呼び込みのカメルーン出身の黒人が私についてきた。その日、既に3件ほど店の中を見ていたが何れも散々なレベルであったため、六本木へ移動しようとしていた。彼は自信があるとしつこく何度も迫ってきた。私は彼の白い目と歯を見ながら、美人でなければだめだと念を押して階段を昇り店の中を見た。すると、奇跡的に一人だけ指名客がついたロシア美人がいた。私が帰ろうとすると彼は隣の店からもう一人のロシア人を連れてきた。名前はスベトラーナと言った。

スベトラーナの髪はブラウン、目はブルー、体はスリムで私好みの容姿であった。彼女はモスクワ出身で3度目の来日、金が目当てであることを隠せない正直者であった。いい女でなければ許されないようなわがままな性格の持ち主だった。私は大盤振る舞いで酒や食べ物をオーダーした。すると、当然のごとく彼女は食いついてきた。服を着たまま彼女と舌を絡めて息子を彼女に擦り付けていると黒人マスターは止めにきた。舌を絡めるだけなら止めに来ない。また寝転ぶと止めにくる。何処までがOKなのか判断が難しい。念のため伝えておくが餌を与えているので彼女も乗り気である。

モスクワ出身と聞いた私は彼女に興味を持ち、翌日会うことを約束した。私が帰ろうとするとカメルーン人が指名客の帰ったもう一人の美人を指差した。彼女の名前はマイヤと言った。彼女はスベトラーナとは違ったタイプの性格で、物静かで思慮深く特に文学に興味を持っていた。彼女はサンクトペテルブルク出身で、街の様子を聞くと、その歴史はもとより美しさやエルミタージュについて聞かせてくれた。私はネットで何度か見たことがある程度で多少の興味はあったが、ビザが必要で訪問は難しいと考えていたが、彼女の話を聞いて初めて行くべきではないかと思った。

翌日、スベトラーナを迎えに行って池袋のとある寿司屋で食事を取った。「サンクトペテルブルクとモスクワはどっちが綺麗なんだい?」と私が聞くと、スベトラーナは大トロを目一杯口に含んで「サンクトペテルブルク、キレイ、ワタシのオカサンといったことある」とご飯粒を溢しながら答えた。「私はモスクワ生まれ。モスクワキレイ、いや、キタナイ。車たくさん、空気もキタナイ。でも、サンクトペテルブルクはトテモキレイ、一番キレイ、アブナクナイ、モスクワ、一人歩きアブナイ!」。

念を押しておくが、テーブルにこぼれたご飯粒を手掴みで拾って食べる彼女は、目の覚めるような美人である。その後、本屋へ行って地図を確認したが適当な地図は見つからず、彼女が小さい頃の記憶を頼りに街の話をしてくれたがなかなかイメージが湧いてこない。しかし、間違いなく美しいのだと主張した。

数日後、極東(ハバロフスク、ウラジオストク)出身のロシア人達に聞いても、同様に一番綺麗な街だという認識を持っていて、街に誇りを持っていた。よくぞ聞いてくれましたといわんばかりに話が弾む。日本へ来たら京都へ行きなさい、という感じでロシアに来たらサンクトペテルブルクへ行きなさいと誰もが言うのだ。サンクトペテルブルクは、ロシアの中でもモスクワやその他の都市とは違う、特別な街だというのだ。私は彼女達と接していくことによって、純粋にロシアの歴史や文化に触れてみたいという思いが強くなっていった。そして、その街を一度は観なければならないと心に決めたのだ。

今思えば、当時、都内外の害パブにたくさんの金髪達が巣くっていた。私は地方出身であるが、潜在能力を考え歌舞伎町にも数回訪問した。様々な人種とご対面させていただいたが、この回想録は、そんな中で偶然出会ったロシア美人達との話である。

今回、サンクトペテルブルクとモスクワを訪問したが、結果的に満足出来る結果は得られなかった。しかし、街には美女が溢れていて潜在能力は素晴らしいものを持っていると思うのだ。好みから言えば、ロシア、ウクライナ、リトアニア、チェコ、ハンガリーが上位であり、ノルウェイ、フィンランドには遭遇した経験がないが、ウインタースポーツの女性を診ると高いポテンシャルを秘めていると思う。また、混血美人が多いとされる南米(ブラジル、アルゼンチン、チリ、コロンビア、ベネズエラなど)にも強く興味を持っている。世界にはまだ診ぬ女性達がいるわけではあるが、スラブ民族は世界屈指の美人が多い民族であると、私は思う。

話を戻すと、その後、時が経つにつれ、地方も都会も金髪美女達の存在は影を潜めていった。徐々に年増が増えてきてレベルも低下していった。街ではロシア人の来日には年齢制限ができたとか不明瞭な話まで聞こえてきた。今年初め、害パブで偽造結婚の摘発報道が数回あった。また、先日ネットサーフィンをしていたら、ロシアンパブの総本山、錦糸町・池袋が6月に一斉摘発され絶滅の危機に瀕しているとの話があった。関連記事は、偽造結婚者、不法滞在による就労者、およびその経営者、ブローカー等を摘発したと伝えている。

彼女達は月に$600程度の安い報酬で働いていて、私のようなお馬鹿な者達が湯水の如くお金を落としていくので、人気がでれば儲かる商売なのだという。確かに日本人を雇うことを考えると、うまくやればキャバクラよりも儲かるのだろう。しかし、滞在期間という壁がこの事件の背景にあるように思う。また、外国の中でもロシアは、昔から力に対する信奉が強く、政治によって決定や解決のできない極めて非政治的な国といわれてきたそうだ。従って、日本では絶対的権力のある「法律」に対する姿勢も極めて希薄であることが、彼女達と接することで十分理解できる。つまり、法令順守とは無縁の彼女達の資質も、運営上の障害になっていると思うのだ。

私は彼女達の美に惹かれていた。日本人しか免疫がなかった私は、映画で目にするような美人はごく稀な存在だと考えていた。私には、そんな美人は一生コミュニケーションすらとれない存在であって違う世界の生物に思えた。しかし、手の届く範囲に彼女達が生息していたことを初めて知ったときには、このチャンスをものにしなければならないと考えを新たにしたものである。多くの男性にとってそうであるように、ソフトよりまずハードが重要であった。

ところが彼女達の中には、数は少ないがハードだけでなくソフトが備わっているもの、美人で聡明なものもいた。しかし、社会主義の名残かサービスの概念は非常に薄くモラルは低い。時間的感覚に至っては破滅的だ。上品な要素と下品な要素をも合わせ持ち、法に背くことにさえ躊躇がない。距離を縮めれば我々となんら変わることはない感覚を持ってはいるが、その奥には社会主義国を生きてきた長年染み付いた生活観が宿っているように思えた。

彼女達の中に、環境がよかったならば知識人になりえるポテンシャルがあるものもいたと思う。人格や身をおくポジションを形成するのは、個人の能力よりも環境の影響が支配的であると思うからだ。彼女等を一言で表現するならば、「酔っ払いのダンス好き」なのではあるが、生きてきた社会主義を知り、ソ連崩壊後の激動の時代を知り、コミュニケーションをとれば、中には奥深い者もいることが理解できるのだ。

付け加えると、当然、本当にどうしようもないと思ったものもいた。考えること自体を放棄してしまっているものもいた。ブスで客に嫌われ猜疑心の塊で前向きに仕事を出来ないものもいた。仕事の目的が理解できていないものもいた。巨大な怪獣もいた。嘘の塊のような女もいた。酒ばかり飲んで仕事にならないものもいた。滞在期間が迫ると行方をくらましてしまったものもいた。しかし、それは私にとってあまり重要なことではない。よくあることだから。

もののついでにロシア人らしい例をもう一つ挙げてみる。エイツィン元大統領が亡くなったとき、ウォッカを飲んで酔っ払いダンスをしている姿が何度も報道された。聞けば、酔って川に転落して命を落としそうになった「エリツィン議員殺人未遂事件」なんてこともあったとか。私にはあの映像は、ロシアのディスコで観た踊る人々の姿とダブって見えたのだ。「酔っ払いでダンス好き」のロシア人をそのまま体現したような彼は、賛否両論あると思うがロシアの象徴的存在であったと思うのだ。彼がクレムリンでなくノヴォデビッチに埋葬されたのも印象的であった。

現在のプーチン政権のロシアは、天然資源等による経済成長が著しく、強気の権威主義的政策を打ち出している。分裂した旧ソ連国との確執のみならず、米国のミサイル配備問題等の他国への対応からは協調姿勢は伺えない。東欧諸国がEU化していく中で孤立路線を行くロシアは、政治経済等、国際社会の中で何を目指しているのかが見えてこない。先月の記事に世界の都市の物価ランキングでモスクワが一位にランクされていた。

しかし、ロシアのGDPを見れば中国同様に格差社会であることは明らかで、資本主義とはほど遠い。今後の国家政策が注目される。まだ見ぬ彼女達のバックグラウンドはそれで決まるのだから。

この回想録にでてくる彼女達は、今回のロシア訪問には全く関与していないことを付け加えておく。

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